御経日(毎月1日) 住職法話 『臨終用心抄㉓』

『臨終用心抄㉓』(総本山第二十六世日寛上人が臨終の大事とその心得えを御指南された書)


令和8年2月度御経日  (令和8年2月1日(日))


臨終の一念三千の観法は、ひたすら妙法唱題にあり


【本文】

 伝教大師の一大事の秘書、修禅決(しゅぜんけつ)二十一」に云わく「臨終の一心三観(いっしんさんがん)とは、人(ひと)終焉(しゅうえん)に臨めば断末魔の苦しみ速やかに来たり、転(うたた)身体を迫(せむ)る時、心神昏昧(しんしんこんまい)にして是事非事(ぜじひじ)を弁(わきま)えず。若(も)し臨終の時に於(おい)て出離(しゅつり)の要行を修せざれば、平安の習学(しゅうがく)何の詮要(せんよう)か有らん。故に此(こ)の位に於(おい)て法具の一心三観を修すべし。法具の一心三観とは即ち妙法蓮華経是れなり。

 臨終の時、南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)と唱えば、妙法三力の功に由(よ)って速やかに菩提を成(じょう)じ、生死の身を受けざらしむ」已上。

 修禅寺決(しゅぜんじけつ)十三に云わく 「臨終の一念三千の観とは妙法蓮華経是れなり。妙(みょう)即一念、法(ほう)即三千、是の故に一念三千とは名異義同(みょういどうぎ)なり。臨終の時、専心に応(まさ)に妙法蓮華経と唱うべきなり」。


【語句解説】

修禅決(修禅寺決)…日本・天台宗の祖、伝教大師が著された四帖(よんじょう)の書。

一心三観(いっしんさんがん)…中国・天台宗の祖、天台大師が立てた観法で、三観(さんがん)とは、一切法は空(無)であると観じて執着することを破す空観(くうかん)、現前の事象を有とする仮観(けかん)、一切法は空(くう)でも仮(け)でもなく、空仮を包括したところの実相があると観ずる中観(ちゅうかん)、の三つをいう。この三観を一心に観ずる修行を一心三観という。 『修禅寺決』では、臨終の際に断末魔の苦しみによって是非の判断や分別が付かなくなるため、一心三観の代わりに妙法蓮華経の題目を唱えると記されている。

・一念三千…中国・天台宗の祖、天台大師が立てた観法で、一念に三千の諸法が具わると説いた。

・名異義同なるが同じということ。ここでは一心三観一念三千同じであることを指す。

・妙法三力…妙法蓮華経の四力(しりき)(仏力・法力・信力・行力)のうち、仏力・法力・信力を指す。


【現代語訳】

 伝教大師の一大事の秘書『修禅寺決』に次のようにある 。「臨終の一心三観とは、通途(つうず)の一心三観の行相と異なって、人が臨終の際に断末魔の苦しみが急速に身体(からだ)に迫ってくる時、心の働きが鈍く曖昧になって、是非を判断できなくなる。

 もし臨終の大事な時に、生死の世界の苦しみから離れて要法(ようぼう)を行ずることができなければ、平生(へいぜい)から学問を修めてきたことに何の意味があろうか。

 故に、この臨終の時には、一心三観の修行の功徳を具備した教法を修するべきである。

 この法具の一心三観とは、すなわち妙法蓮華経である。臨終の時に南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)と唱えるならば、妙法三力(法力・仏力・信力)の功徳によって直ちに菩提を成じ、再び生死の迷いの身を受けないのである」とある 。

 また同書に「臨終の一念三千の観法とは妙法蓮華経のことである。妙はすなわち一念、法はすなわち三千の故に、一念三千と名異義同(みょういどうぎ)である。臨終の時、ひたすら妙法蓮華経と唱えるべきである」と述べられている。


〔御指南を拝して〕

 今回は「臨終の一念三千の観法(かんぽう)は、ひたすら妙法唱題にあり」を拝しました。日寛上人は「臨終の際に断末魔の苦しみが急速に身体に迫ってくる時、心の働きが鈍く曖昧になって、是非を判断できなくなる」と仰せられ、毎日の修行で出来る修行も臨終の時には難しいと教えられています。

 では臨終の時に行う修行とは何か?

 日寛上人は「南無妙法蓮華経のお題目を唱えることである」と仰せられ、その理由は、妙法蓮華経の仏様の御仏智(妙法三力=法力・仏力・信力)によって成仏得道の功徳を得られると教えられています。

 以上の御指南を拝して、臨終では一心に臨終正念を願ってお題目が唱えられるよう、平生の判断ができる時に自身で確認し、また家族の方等ともその旨を確認しておくことが大事です。

 同時に、臨終の時にしっかりとお題目が唱えられるよう、平生にしっかりとお題目を重ね(臨終の時に) 御仏智を得られるよう仏道修行に励行しておくことも忘れてはいけません。

 我々はいつ臨終を迎えるのか判りません 。日寛上人の『臨終用心抄』の教えをしっかりと確認し、その教えに従えるよう努めたいものです 。また家族の方等ともその旨を確認したいものです。

  以 上

日蓮正宗 法寿山円照寺(呉市)

広島県呉市にある、日蓮正宗円照寺です。悩みをお持ちの方、幸せを願う方、先祖を心から供養したい、など、様々なご相談に丁寧にお答えします。