令和8年4月度 御逮夜御講・十三日御講 拝読御書

曾谷入道殿許御書(そやにゅうどうどのもとごしょ)

文永12(1275)年3月10日 聖寿54歳


仏の滅後に於(おい)て三時有り。正・像二千余年(よねん)には猶(なお)下種の者有り。例せば在世四十余年の如し。根機(こんき)を知らずんば左右無く実経(じっきょう)を与ふべからず。今は既に末法に入って、在世の結縁(けちえん)の者は漸々(ぜんぜん)に衰微(すいび)して、権実(ごんじつ)の二機(にき)皆悉く尽きぬ。彼(か)の不軽菩薩(ふきょうぼさつ)、末世に出現して毒鼓(どっく)を撃たしむるの時なり。

(御書778㌻15~17行目)


【背景・概要】

 本抄は、文永12(1275)年3月10日、日蓮大聖人様御年54歳の時、身延から下総国の檀越(だんのつ)・曽谷教信(そやきょうしん)と太田乗明(おおたじょうみょう)に与えられたお手紙です。

 両名は、大聖人様の下総弘教によって帰依したと伝えられ、数々の法難に遭遇しても変わらぬ信行を貫いて、富木常忍(ときじょうにん)と共に、門下の中心的役割を果たしました。

 本抄の冒頭部分で大聖人は「夫以れば重病を療治するには良薬を構索し、逆・謗を救助するには要法には如かず」(御書777㌻)と示され、末法の衆生が謗法罪によって苦悩する姿は、即ち重症患者のごとくであり、その病を治癒するには、末法適時の要法である南無妙法蓮華経を信受する以外ないことを明かされています。

 拝読の御妙判では、末法は法華経の行者が人々に妙法を下種する時であることを教えられます。そして最後段では、釈尊一代の聖教を集めて欲しい旨を両人に託されるとともに、今後も令法久住(りょうぼうくじゅう)のため、広宣流布のために一層精進するよう激励し、本抄を結ばれています。


【語句の解説】

結縁(けちえん)・・・仏が衆生に化導を施して縁を結び、未来に成仏得道を得させること。

権実の二機・・・総本山第二十六世日寛(にちかん)上人が「権は即ち熟益(じゅくやく)の機、実は即ち脱益(だっちゃく)の機」(六巻抄109㌻)と御解釈され、(熟とは過去に下種を受けた種が熟したこと。脱とは、その種が収穫できること。)権機は熟益の機類、実機は脱益の機類のこと。

不軽菩薩…法華経『常不軽菩薩品第二十』に説かれる釈尊の過去世の因行(いんぎょう)の菩薩。あらゆる迫害に耐え、人々の仏性を礼拝する修行を貫いた結果、不軽菩薩当時の仏が法華経を説くのを聴聞し六根清浄の果報を得、更に諸仏を供養し法華経を弘めて成仏した。

毒鼓を撃たしむる・・・毒鼓(どっく)とは、毒薬を塗った太鼓のこと。涅槃経に「毒鼓を叩いた音が耳に入るだけで命を失う」(大正蔵12-420A趣意)とある。相手が耳を貸さなくとも、強いて法華経を聞かせて仏縁を結び、仏性を薫発させる化導を譬えたもの。


【通釈】

 仏の滅後に三時ある。正法・像法の二千余年には(過去世に)下種を受けた者がいた。たとえば在世四十余年(の衆生)のようなものである 。衆生の機根を考えないで、むやみに実経を与えてはならない。今はすでに末法時代に入り、釈尊在世に結縁した者は次第に少なくなり、権実の二機の衆生は悉くいなくなった 。彼の不軽菩薩が、末法に出現し毒鼓を撃つ時である。


【御妙判を拝して】

 拝読の御妙判では、仏道修行に三時(正法・像法・末法)の違いがあることを示されています。現代は末法の時代であることを明かしています。

正法時代・・・時代の長さは一千年間で、釈尊の法を受けた迦葉・阿南等が釈尊の教えを正しく伝え、それを修行すれば悟りを開くことができた。

像法時代・・・時代の長さは一千年間で、釈尊滅後一千年間(正法時代)が過ぎていたため、正法時代に比べれば民衆の仏法に対する素養(機根)が劣るが、正法時代に伝えられた教えを修行することにより悟りを開くことができた。また一千年間の後半五百年では仏像や塔・寺院が盛んに建造され利益を得た時代。

末法時代・・・時代の長さが万年とされ、釈尊の法の利益がすべて失われた時代 。釈尊に変わる仏が御誕生され、法を説き、人々を成仏に導く時代。

 末法時代について「釈尊在世に結縁した者は次第に少なくなり、権実の二機の衆生は悉くいなくなった。彼の不軽菩薩が、末法に出現し毒鼓を撃つ時である」と御妙判で示されています。末法時代は、釈尊在世に教えを受けた正法・像法時代の結縁の者が居なくなり成仏の種が無くなってしまったと仰せられ、更にかつて不軽菩薩が行ぜられたように、不軽菩薩の如き忍辱の衣を着、毒鼓の如き弘教を行う時が末法時代であると仰せられています。また大聖人様は「日蓮は、法華経の行者である。不軽菩薩が如き命で弘教する」(御書748取意)と仰せられ、如何なる迫害等が襲ってこようが法華経の弘教をし続けると宣言あそばされ、相手が聞き入れようが、聞き入れまいが、毒鼓の縁の如き順縁逆縁問わず折伏に努めるとも仰せられています。

 建長5年4月28日の宗旨建立とは、正に右記を宣言された日です。『開目抄』で「強盛の菩提心をこして退転せじと願じぬ」(御書539)と仰せられています。

 末法時代の成仏の種が無い民衆に菩提心を起こさしめるべき弘教の宣言が示され、如何なる障魔が競い起きようが退転しない御覚悟が示されています 。宗旨建立の773年目を迎える今、大聖人様が御出現あそばし、正法を弘められ、その正法を正直に信心できれば成仏が叶うことができる我等日蓮正宗の僧俗は、先ずは大聖人様に深く御報恩感謝し、更には我等だけが、この幸せを得るに止めることなく、一天四海本因妙広宣流布の大願成就へ向けて僧俗一致・異体同心して励行していくことが、宗旨を御建立あそばされた大聖人様に報い奉る道であると信じます。

 大聖人様は「日蓮がたましひをすみにそめながしてかきて候ぞ、信じさせ給へ」(御書685㌻)と明かされた、大聖人様の御魂が本門戒壇の大御本尊様です。

 大御本尊様が在します総本山への御登山は無始以来の謗法を消滅できる仏道修行です。第一回目:四月二十五日(土)第二回目:四月二十六日(日)に支部総登山がそれぞれ行われます。志して参加し、御開扉を賜りましょう。

以上 

日蓮正宗 法寿山円照寺(呉市)

広島県呉市にある、日蓮正宗円照寺です。悩みをお持ちの方、幸せを願う方、先祖を心から供養したい、など、様々なご相談に丁寧にお答えします。