令和7(2025)年9月13日 御逮夜御講・龍の口法難会 住職御法話

『王舎城事(おうしゃじょうのこと)』 建治2(1276)年4月12日 聖寿55歳


「一切の事は父母にそむ(背)き、国王にした(随)がはざれば、不幸の者にして天のせ(責)めをかう(蒙)ふる。たゞし法華経のかたきになりぬれば、父母・国主の事をも用ひざるが孝養ともなり、国の恩を報ずるにて候。されば日蓮は此の経文を見候ひしかば、父母手をす(擦)りてせい(制)せしかども、師にて候ひし人かんだう(勘当)せしかども、鎌倉殿の御勘気を二度までかほり、すでに頸(くび)となりしかども、ついにをそ(恐)れずして候へば、今は日本国の人々も道理かと申すへんもあるやらん。日本国に国主・父母・師匠の申す事を用いずして、ついに天のたす(助)けをかほる人は、日蓮より外(ほか)は出だしがたくや候はんずらん。(平成新編日蓮大聖人御書9975㌻)

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【背景・概要】

 本抄は、建治2(1276)年4月12日(日)、日蓮大聖人様55歳のとき身延において認められ、四条金吾に宛てられた御書です。題号の王舎城とは、釈尊在世当時、インドのマカダ国にあった都城で、その王が釈尊に帰依し仏教を弘めたことから仏典にその名が記されています。本抄では、王舎城は七度の大火にあったが、王の徳によって内裏(王が住み儀式や執務を行う場所)を焼くことはなかった事例を挙げ、一方、御所や鎌倉の極楽寺が消失したことは、ひとえに極楽寺良観の謗法が原因であり、二度も火事を引き起こした良観は両火房であるとし、謗法の厳罰について糾弾しています。次いで拝読の御妙判では、四条金吾の妻の信仰を激励し、法華経の敵となるものには、たとえ父母・主君であろうとも従わず、法華経の信仰を貫いていくことこそが、真実の孝養・報恩の道であることを示されています。


【語句の解説】

師にて候ひし人…大聖人様の出家の師匠・道善房のこと。

鎌倉殿…鎌倉幕府将軍の異称。また執権などを含む幕府の権力者の総称。

御勘気を二度までかほり…勘気とは主君や幕府から咎めを受け、罪に付されること。弘長元(1261)年の伊豆配流、文永8(1271)年の佐渡配流のこと。

すでに頸となり…文永8(1281)年の龍口法難における頸の座のこと。

国主・父母・師匠…四恩(一切衆生の恩・父母の恩・国王の恩・三宝の恩)のうち国主=国王の恩。父母=父母の恩。師匠=一切衆生の恩の三御。


【通釈】

 一切の世間の道理では、父母に背き、国王に従わなければ、不孝の者として天の責めを受けることになる。ただし、(父母や国主が)法華経の敵(かたき)となったのならば、父母・国主の言葉を用いないことが孝養ともなり、国の恩を報ずることにもなるのである。故に、日蓮はこの法華経の文を見ていたので、父母が手をすり合わせて止めたけれども、また師であった人が勘当したけれども、鎌倉殿の御勘気を二度までも被って、既に頚の座にもいたけれども、最後まで恐れずに(父母・国主に背いてでも)信仰を貫いたので、今では日本国の人々も(日蓮の言っていることが)道理かもしれないという人もあることだろう。日本国で国主・父母・師匠の言うことを用いないで、ついに天の助けを受けた人は、日蓮よりほかに出すことは難しいだろう。


【御妙判を拝して】

 拝読の御妙判では、正しく恩に報ずることが大事である旨を御教示されています。大聖人様は、一般的に恩に報ずるときは、両親や師匠等の言うことに従うことを言いますが、それに従わない者を大聖人様は「父母にそむ(背)き、国王にした(随)がはざれば、不孝の者」と、恩に報いない者・不孝の者であると示されいます。

 また大聖人様は『新池御書』のなかで親・師匠等への恩に報いることを「川獺祭魚(せんだっさいぎょ)のこゞろざし、林烏父祖(りんうふそ)の食(じき)を通ず(中略)賎しき畜生すら礼を知ること是の如し」(御書1461㌻)。と、川獺=かわうそは、先祖供養のために魚をまつり、烏が親の恩に報いるために食べ物を運ぶ。畜生ですら親の恩を報じていると示されています。

 しかし「法華経のかたきになりぬれば、父母・国主の事をも用ひざるが孝養ともなり、国の恩を報ずるにて候」と大聖人様は仰せられ、親・師匠の言うことが法華経の経意に沿わないことであれば、親・師匠に従わないことこそ本当の恩に報いる・孝養であるとも仰せられています。大聖人様は『聖愚問答抄』で「是非を論ぜず親の命(めい)に随ひ、邪正を簡(えら)ばず主の仰せに順はんと云ふ事、愚痴の前には忠考に似たけれども、賢人の意には不忠不孝是に過ぐべからず」(同400㌻)と、仏法で説かれる真の孝養とは、ただ親の意見だからそのまま受け入れるのではなく、その内容の正邪や可否を見極め、正しい教えのもとでだたしぃ振る舞いをすることであると御指南されています。

 以上の御指南を拝し、我々が行うべき恩を報ずることとは、御本仏宗祖日蓮大聖人様の御教示、御法主上人猊下様の御指南のままに正直に仏道修行に励み、先ずは自身の命を浄化し、即身成仏の大願を得ることです。大聖人様は「自身仏にならずしては父母をだにもすくいがたし」(同1376㌻)と仰せられています。次に、親・師匠が信心していなければ当『祈祷抄』を賜った四条金吾のごとき主君へ折伏を行じることです。御法主日如上人も「親は大事にしなければいけません。しかし、本当に親を大事にするためには、間違った教えに取り憑かれている親を救っていくところに、本当の親孝行の姿がある」(大日蓮令和2年3月号)また亡くなられた両親に対しては、時々に寺院に回向を願い、また日々に成仏を願い供養することがそれにあたります。

 拝読御文を拝し、我々はその御指南の聖意(しょうい)を深く拝し、そしてその御指南の聖意のままに正直に励行していくことが、日蓮正宗の信仰者であり、日蓮大聖人様の真の信徒であり、その者が真の御仏智を得られることを決して忘れず、大聖人様・御法主上人猊下様の御教えの正直に仏道修行に邁進していきましょう。


秋季彼岸会 9月21日(日) 午後1時・午後7時

      9月23日(火・祝日) 午後1時

宗祖日蓮大聖人御正当会(御会式)

10月18日(土) 午後2時

以 上

日蓮正宗 法寿山円照寺(呉市)

広島県呉市にある、日蓮正宗円照寺です。悩みをお持ちの方、幸せを願う方、先祖を心から供養したい、など、様々なご相談に丁寧にお答えします。