令和7年10月度 御報恩御講 拝読御書

『内房女房御返事(うちふさにょうぼうごへんじ)』 

弘安(こうあん)3(1280)年 聖寿59歳


妙法蓮華経の徳あらあら申し開くべし。毒薬変じて薬となる。妙法蓮華経の五字は悪変じて善となる。玉泉と申す泉は石を玉となす。此の五字は凡夫を仏となす。されば過去の慈父尊霊は存生に南無妙法蓮華経と唱へしかば即身成仏の人なり。石変じて玉と成るが如し。孝養の至極と申し候なり。

御書 1492㌻10行目〜12行目)


【背景・概要】

 本抄は弘安(こうあん)3(1280)年8月14日、日蓮大聖人様御年59歳の時、身延より駿河国庵原郡に住む女性信徒・内房女房(うちふさにょうぼう)に与えられたお手紙です。これは、先に女房より、亡き父親の百箇日忌の追善を願い出るため、大聖人様へ御供養とともに願文が届けられたことへの返書として認められたものです。その願文には、娘(内房女房)が父親の追善のために、法華経一部並びに方便品・寿量品の読誦、そして五万遍の唱題をもって追善に供えたことが記されていました。これに対し大聖人は、先祖の菩提を弔うため法華経を読誦する人は多いが、五万遍もの唱題を行ったことは前例がないとして、その功徳の大きさを説かれています。次いで、邪宗の家に生まれた者は、いかに持戒尊貴(じかいそんき・堅く戒律を持つ尊貴な人)であったとしても、謗法のため堕地獄は免れないと仰せられています。

 本日拝読の箇所では、妙法蓮華経には「一切の悪を変じて善となし、凡夫を仏とする」不可思議な功徳が具わることを示されています。そして、生前に御題目を唱えた父親を「即身成仏の人である」と仰せられ、その因縁を作った娘(内房女房)は、最高の孝養を尽くしたことになると賞賛されています。最後に、輪陀王と馬鳴(めみょう)菩薩、白鳥と白馬の譬え(※)を用いて、亡き慈父は、娘(内房女房)が唱える題目の声を聞いて成仏の境界に住していると仰せられ、重ねて娘(内房女房)の孝養を褒め讃えられ、本抄を結ばれています。


【語句の解説】

輪陀王と馬鳴(めみょう)菩薩、白鳥と白馬の譬え…「輪陀王は、白馬の鳴き声を聞いて力を増し、この白馬は白鳥を見て鳴くのですが、王の悪政のためか、過去の悪業のゆえか、白鳥が姿を消したために白馬が鳴かなくなり、王の力は衰えました。そこで王は、白馬を鳴かせるために外道と仏道に祈願をさせ、白鳥を鳴かせた方を信じ、もう一方を我が国に失うべしとの勅宣を下しました。そこで一切の外道が集まり祈願をしましたが、白馬を鳴かせることはできませんでした。その時、馬鳴(めみょう)菩薩が現れ、十方の諸仏に祈願したところ、たちまち白鳥が現れ、白馬が鳴き、王の力は再び勢いを増しました。王は勅宣のごとく、一切の外道の寺を仏寺とした」(『大白法』平成12年9月1日)。この譬えを大聖人様は当時の日本に当てて、「今の日本国も同じであるとして、これまでの宗教の流れを振り返りつつ、最終的には伝教大師が、法華経こそ国家鎮護(こっかちんご)の三部経と決定したにもかかわらず、弘法・慈覚(じかく)・智証(ちしょう)等が邪智をもってこれを覆し、真言の悪法を用いたことにより、亡国・堕地獄の道を開くことになってしまった」と仰せられています。(『大白法』平成12年9月1日)

毒薬変じて薬となる…龍樹(りゅうじゅ)菩薩『大智度論』に「大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」(大正蔵25-754)とある。爾前経では、歴劫(りゃっこう)修行によって煩悩を断じることで菩提(悟りの智慧)を得るとされた。これに対して法華経の肝要・南無妙法蓮華経には、十界・三千の処方が悉く具わっているため、これを受持信仰すれば、成仏の因果を同時に得て、煩悩〔毒〕そのものが菩提〔薬〕となり、成仏の境界を開くことができる。

玉泉…入れた石を貴重な玉(宝石)に変える湧き水のこと。


〔通 釈〕

妙法蓮華経の功徳をおおよそ申し上げ明らかにしよう。「毒薬変じて薬となる」と説かれている。妙法蓮華経の五字は悪を善に変える。玉泉という泉は石を玉にする。(同じように)この五字は凡夫を仏にする。よって、先に亡くなった慈父尊霊は、生前に南無妙法蓮華経と唱えたので即身成仏の人である。石が変じて玉と成るようなものである。(このように親を妙法へ導くことを)この上ない孝養というのである。


【御妙判を拝して】

 拝読の御妙判では、先ず妙法蓮華経の功徳の一端を「変毒為薬(へんどくいやく)」をもって示され、次に、親に正しい信心をさせることが最高の孝養(親孝行)である旨、御指南されています。大聖人様は変毒為薬の毒と薬について、「毒と云ふは何物ぞ、我等が煩悩・業・苦の三道なり。薬とは何物ぞ、法身・般若・解脱なり。『能以毒為薬』とは何物ぞ、三道を変じて三徳と為すのみ」(始聞仏乗義1208㌻)と、本来我々の生命は、貪瞋痴(三道)などの煩悩に覆われており、これによって苦悩の人生を送らなければなりませんが、妙法の力用(りきゆう・仏力)によって、この煩悩を断ずることなくそのまま悟りの境界(三徳)へと変えて戴けると仰せられています。しかし大聖人様は「正直に方便を捨て但法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱ふる」(当体義抄694)者、即ち己自身の判断ではなく、仏様・大聖人様の法華経(御教え)を正直に信じ、南無妙法蓮華経と唱える者は、たしかに過去世からの宿業により、色々な苦悩を歩まなければいけませんが、しかしただ苦難に翻弄されない仏様の仏力によって導かれる人生を送ることができると「毒薬変じて薬となる」「石を玉となす」と仰せられています。

 このような大功徳の大聖人様の信心を己自身だけが得て即身成仏を遂げるだけではなく、両親に勧め信仰させることこそ親への最高最善の高校であると大聖人様は仰せられています。また日如上人は「折伏をすると、折伏された人が幸せになります。同時に、折伏した人も幸せになれるのです。過去遠々劫の様々な罪障、これが折伏によってみんな消えていくのです(中略)このことにはすばらしい功徳がありまして、折伏によって多くの人達を救うことは即、自分自身の過去遠々劫の罪障を消滅していくことになるのであります」(大日蓮・平成24年5月号)と御指南されています。この日如上人の御指南を拝し、信心ができていない家族・親族・友人・知人等に大聖人様の信心をし、「毒薬変じて薬」となれるよう、「石を玉」に変えられるよう、御本尊様から大功徳を得られるよう、折伏成就に努めることが大事であることを、改めて皆さんの信心に刻まれ、その信心を(10月)18日の御会式で大聖人様、歴代の御法主上人にお誓いいただき、その心をもって本年の残りの時間を精一杯信行に練磨されますことをお祈り致します。

以上

日蓮正宗 法寿山円照寺(呉市)

広島県呉市にある、日蓮正宗円照寺です。悩みをお持ちの方、幸せを願う方、先祖を心から供養したい、など、様々なご相談に丁寧にお答えします。